劇場は超満員だった。レディースデーだったこともあるし、ヴェネチアに呼ばれたということに鑑みても、公開初日から1ヶ月以上経っているのに、この反響には正直驚いた。こういう時、1人で観に行くととっても有利だ。思わぬところに特等席が用意されているから。
日本のウォルト・ディズニー、宮崎駿のおそらく最後の作品になるであろう「風立ちぬ」を観た。5年の月日を費やして製作された作品らしく、それだけでも敬意を表する。僕自身もショボいアニメ風の動画(こんなのとかこんなの)を作ったことがあるからわかるけれども、こんなことを5年も続ける自信はない。
結論から言うと、これは傑作や名作と呼ばれるに十分にふさわしい作品だ。NHKの番組でちょっと左寄りの発言をされていて、右寄りの僕からするとちょっとカチンときて、観ようか観まいかかなり悩んだけれど、もしこの作品に出会っていなかったら、一生後悔することになったと思う。個人的な政治的主張と、創る作品とは切りはなされるべきであるということの重要性を痛感させられた。
いろんな所から(『正論』からは「反日」、韓国からは「右翼映画」、しまいには『禁煙学会』から「タバコ吸いすぎ!」)と叩かれているみたいだけれども、そういった妄想には踊らされないほうがいい。なぜなら、これは極めて中道的な作品だから。まあ、タバコに関して言えば、確かに吸いたくなるけど、別にマリファナを吸っているわけではないから、吸いたかったら吸えばいいだけの話だろ!
閑話休題、この作品、声優陣が本当に素晴らしい。庵野秀明の飄々とした感じは、堀越二郎というキャラクターの人間性を定義づけているし、瀧本美織の儚い佇まいは、とても美しい。そして、今年は大河ドラマ「八重の桜」で大活躍の(「『CUT』の」とか言うても誰もわからんか。「『帰郷』の」とか言うたらもっとわからんやろ!)西島秀俊の存在感たるや! 顔まで本人に見えてきたわ!
そう、この作品において最も重きを置かれているテーマは、震災や戦争を経験した人々の生きようがいかに美しかったかだ。大竹しのぶのセリフにもあるように、宮崎駿はその美しさだけを観客に見せたかったのだ。しかも、それが戦争を礼賛していないという結果に至っているのは、見事としか言いようがない。
ただ、主人公がいかに優れた人物かというのが描かれているのだけれども、宮崎駿の戦闘機マニアっぷりが滲み出すぎている嫌いがあって、ラストの盛り上がりに比べると、そこがちょっと退屈だったかな。正直、素人にはちんぷんかんぷん。
そして、関東大震災から2年後という場面があって、東日本大震災からの復興がなかなか進まない現状への激しい怒りが、極めて抑えられたトーンで表現されていて、これがスタジオジブリの素晴らしさなんだと実感させられた。
風や夢をモチーフに、生きるということがどれほど素晴らしいことなのかを観る者に訴えかける、今年の日本を代表する1本。読売新聞によると、反戦に傾いていないところがいいらしいが、いやいや、これこそが津川雅彦氏のおっしゃるとおり、究極の反戦映画でしょう! 零戦が連隊を組んで飛び立っていく空想上のシーンの美しさ! 「はだしのゲン」みたいな低俗で下品で時代遅れな表現方法とは全く違う。あんなもん子供に読ませたらダメだと思うけれど、この作品はぜひ子供たちにも観てほしい。
おそらく、宮崎駿のキャリアにおいてはベストの作品ではないとは思うけれど、今の彼に出来ることはすべてやりきった。特に、ヒロインが主人公のもとを去っていく場面からの盛り上がりに匹敵するものにはなかなかお目にかかれないと思う。もう、涙腺が緩んで緩んで仕方がなかった。文字通り彼は有終の「美」を飾った!
これは完全に蛇足だけれども、この作品に何の賞も与えなかったベルナルド・ベルトルッチ(と坂本龍一)っていったい何なん? それと、宮崎駿よ、憲法改正反対と言ったり、半藤一利とつるむのはやめろ!
「風立ちぬ」公式サイト:http://kazetachinu.jp
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