二度と戻れないあの瞬間

 子供の頃を振り返り、懐かしくてピュアな思いに耽るということが誰にでもあるだろう。それは小さい頃、動物園や遊園地に連れていってもらったことかもしれないし、好きな子と隣の席になったことかもしれない。いずれにせよ、それは過去の出来事なので、「あの時」に戻ることはタイムマシンにでも乗らない限りできない。

 

 ただ、「あの時」にスポットライトを当てた作品というものが存在して、僕たちはそういうものに接することによって、懐かしむことをより立体的に楽しむことができる。もしかすると、それはタイムマシンに乗ることよりも貴重な体験になるかもしれない。もし、あなたがそんな体験をしたいのであれば、この「天然コケッコー」という作品はまさにお誂え向きだ。

 

 島根県の田舎の風景を存分に盛り込み、少年少女の生き生きとした表情と、何気ない日常の中にある機微を丁寧にフィルムに収めたのは、現在「気鋭」と「巨匠」の間を行ったり来たりしている山下敦弘監督。登場人物たちが交わすさりげなくもあたたかく、非常に研ぎ澄まされた言葉を生み出したのは、最近では大ヒットを記録した「カーネーション」でもお馴染み、渡辺あや。そして、昨年突然の訃報に悲しんだレイ・ハラカミの繊細なサウンドが、観る者の気持ちに優しくそっと寄り添う。また、ここまで来ると蛇足にも思えてしまうくらい文句のつけようのない主題歌はくるり。

 

 思わず吹き出してしまったり、狂おしくなるほど胸が締め付けられ、不意に目頭が熱くなるようなシーンの数々。要するに、身も蓋もない話だが、笑って泣ける最高の作品。また、この手の作品にありがちな目を背けたくなるような、恥ずかしすぎて怒りを買うようなシーンは一切ないので、よっぽどの意固地でない限り気に入るはず。

 

 出演者は皆素晴らしい演技を披露しているが、夏帆の瑞々しさと岡田将生の初々しさと言ったら! 特にこの作品における夏帆には、どこか人間離れした魅力が備わっている。また、視聴率で何かと話題の「平清盛」だが、岡田将生にこの作品での経験がなければ、きっとその話題にも乗れなかったはず。

 

 この主演の二人にも二度と戻れない瞬間というものがあると思うが、この作品にはその最良の部分が真空パックにされ封じ込められている。そして、僕たちの中に永遠に流れ続けるその瞬間は、この作品を通じて鮮烈に浮かび上がってくる。

 

 また、この作品はあまりに美しすぎるので、「田舎ってそんなに良いことばかりありゃしないんじゃないの?」と思う方には、この作品と対になり明暗をはっきり分ける、田舎を舞台にしたもう一つの傑作「松ケ根乱射事件」をお薦めする。

 

 監督のキャリアにおいてこの作品が初期なのか中期なのか、はたまた後期にあたるのかはこれからのこともあるのでまだわからない。しかし、とにかくはっきりしているのは、今までのキャリアにおける一つの到達点、あるいは彼が打ち立てた一つの金字塔、それが「天然コケッコー」だ!

 

「天然コケッコー」公式サイト:http://www.tenkoke.com/